夜行列車図書館の最後尾には、時々だけ開く小さな放送室がある。
そこにいるのは旅路ラジオのパーソナリティで、 「今夜の電波は、本の余白を通って届きます」と笑った。
列車の窓の外を流れるのは景色ではなく、誰かの読みかけの文章だ。 読み切れなかった一文が、アンテナに引っかかって、音声になる。
「次のお便りです。差出人は雲間写真館の現像係さん。 “古い写真に写るホーム番号が、今夜だけ実在する気がします”」
車掌はページの角を折るみたいに汽笛を鳴らし、 列車は夢見ヶ丘バス停に似た停留所へ滑り込む。
降りる人は、ひとりずつ胸ポケットから短い詩を出して、 改札の代わりに設置されたマイクへ吹き込んだ。
その声は、翌朝のきらり交差点で信号待ちをする誰かの耳に届く。 届いた人は理由もなく、少しだけ丁寧に歩くようになる。
この列車に時刻表はない。 ただ、いい言葉をなくした夜だけ、 放送室の赤いランプが先に点るのだ。