終電の後、だれもいないはずのホームに一本だけ、行き先表示のない列車が滑り込んでくる。
ドアが開くと、車内は座席ではなく本棚で埋め尽くされていた。吊り革の代わりにしおりが垂れ、 窓の外には夜景ではなく、誰かの記憶みたいな断片が流れていく。
車掌は静かに言う。
こちらは「読み終えられなかった物語」を集める夜行です。
ぼくは一冊だけ、背表紙のない本を手に取った。ページをめくるたびに、昨日言えなかった言葉が現れ、 次のページではまだ会っていない人の笑い声が聞こえた。
終点に着くころ、その本は白紙に戻っていた。代わりに、ぼくのポケットには小さな紙片が入っている。
「つづきは、あなたが書いてください」
ホームに降りると、もう列車の姿はない。 朝の始発案内だけが、いつも通りの声で響いていた。