駅前ビルの七階に、誰でも弾けるピアノ室がある。 料金は「今日、手放したいものを一つ書くこと」。

ぼくは受付で小さな紙を渡され、 「急ぎすぎる癖」 と書いた。

中に入ると、窓が半分だけ開いていて、 風が鍵盤の上を行ったり来たりしていた。

最初の一音は、うまく鳴らない。 でも二音、三音と重ねるうちに、 胸の奥で固まっていた焦りが、少しずつほどける。

隣のブースから、知らない誰かのコードが聞こえた。 不思議とぶつからず、こちらの旋律に寄り添ってくる。

演奏を終えて出口へ向かうと、 受付の人が返却箱を指差した。

書いた紙は、帰るときに好きなだけ破っていいんです。

ぼくは紙を四つに破って、 窓から吹く風に乗せた。

破片はすぐ床に落ちたけれど、 急ぎすぎる癖だけは、少し軽くなっていた。